HEALING

東京の板橋を拠点に、Virtuous Cycle(バーチュアス サイクル)という名前で気功の施術や、気功教室を行っています。
Virtuous Cycleとは、日本語で「好循環」という意味を表しています。

詳しくはVirtuous Cycleのホームページでご紹介していますが、まずは気功を身近に感じていない方に「気功とは?」を知っていただくために、このページでも抜粋して掲載しています。
ご興味のある方は、ご一読頂ければ幸いです。私たちが捉えている気功についての考えや、気功とは何か、なぜ気功を学ぶのか等、基本的なことをお伝えします。
もちろんお問い合せや、予約も受け付けています。 こちらからどうぞ

気功の施術や気功教室の内容についてご覧になりたい方は、Virtuous Cycleのページからご覧ください。

Virtuous CycleのHPへ

—————–ここから先は、Virtuous Cycleのホームページからの抜粋となります—————–

気功と聞くと、世間一般にはまだそれほど浸透していないこともあり、本当に効果があるのか疑問だったり、何か怪しいといったネガティブなイメージをお持ちになる方もいらっしゃると思います。

実際には、気功というのは何ら特別な能力や技術ではなく人生をより豊かに過ごすための一つの方法である、というのが私たちがお伝えしたいことです。
気功をもっと身近なものとして捉え、気軽に日常に取り入れることができれば、毎日を活き活きと楽しく生きる手助けとなるはずです。

気功とは

皆様は気功と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか?

多くの人は、テレビなどで人を飛ばしたり、動物を寝かせたりする姿を思い浮かべるかもしれません。
また、気功について少し詳しい人は気功で病気を治したり、もしくは武術の鍛錬法としての気功を思い浮かべるかもしれません。

そのどれも間違いではありませんが、それらはあくまで気功という技術を何に対して、どういう目的で使ったかということの結果に過ぎません。私たちは、「気功は日常の中に溢れ、すでにあらゆる生物が行っているということである」という考え方をしています。

まず、気功という言葉を字義解釈してみると、
「気」・・・目に見えない抽象的な情報や、そのエネルギー
「功」・・・〜を操る、コントロールする

という意味を「気功」という言葉から読み取ることができます。
実は、これがほとんどそのまま、私たちが考える気功の定義につながります。

つまり、気功とは、
目に見えない情報やエネルギーを操る技術
ということになります。

これだけ聞くとなんだか難しくて、普通に生活している人には関係なさそうな感じがするかもしれません。
しかし、上記の定義から考えると、実は人間も植物も動物も皆がすでに「気功」を行う「気功師」ということになります。

例えば、私たち人間は、生まれるまでは母親のエレルギーをもらいながら成長し、生まれた後は今度は食べ物からエネルギーをもらいながら成長し、生活していきます。
この食べ物は野菜、肉、魚であれ、何かしら命があったもので、これらのエネルギーを身体に取り込むことで生きていきます。

先ほどの「気功」の定義からすると、これも実は気功を実践していることになります。

今度は気功の「情報」という側面で例を挙げたいと思います。
みなさんは空いているお店に自分が入ったら、それまでガラガラだった店内に急にたくさんお客さんが来た経験はないでしょうか?
また、そういうことがよく起こる人が近くにいないでしょうか?

これは、ただの偶然・・・の可能性もありますが、多くの場合はその人が楽しそうな雰囲気、飲食店であれば美味しそうな雰囲気を醸し出していて、それを通りがかった人が感じ取って立ち寄っていくとも考えられます。

ストリートパフォーマンス等でも、何人か立ち止まって真剣に見ていたりするとつい何をやっているのか気になってしまうと思います。これらは、その人たちが醸し出している雰囲気(抽象的な情報)を、強弱も含め感じ取ることができるからではないでしょうか。もしそうだとすると、私たちは普段から無意識に情報を発信したり受信したりしていることになります。

上の二つの例以外にもこのような例は沢山あります。ぜひ色々考えてみてください。
このように日常的に起こる現象についての視点が一つ増えるのも、気功を学ぶ楽しさの一つです。

ここまでの説明で気功というのは特別な能力ではなく、
植物や私たち人間を含めた動物が当たり前に持っている能力である
ということを理解していただけたかと思います。

ところで、ここで、ある疑問が浮かんでこないでしょうか?
それは、「じゃあ、別にわざわざ改まって気功に取り組む必要はないんじゃないの?」という疑問です。

答えを先にいうとYesでもNoでもあります。
改まって気功に取り組まなくても、日常の中に気功は溢れ、すでに皆が行っていることです。
習ったり、練習したり、学ぶ必要はどこにあるのでしょうか?

なぜ気功を学ぶのか

結論から言ってしまうと、「気功とは学びたい人が、学びたい時に、学びたいだけ学べば良い」
というのがVirtuous Cycleの考え方です。

気功を学ぶ必要性についてはマラソンを練習する必要性に似ていると思います。
私たち人間は特に習わなくても成長すると走れるようになります。
しかし、ただ気ままに走り回っているだけでは、マラソンランナーや短距離走の選手の様な素晴らしいパフォーマンスを生み出すことはできません。
人間が生得的に出来る、「走る」という能力をさらに研ぎ澄ませていくことによって、「走る」という行為のパフォーマンスをさらに高めることができるのです。
しかし、「走る」能力を研ぎ澄ませなくても生活に支障もなければ生きていくこともできます。
ただ出来たら出来たで、ちょっと便利だったり、楽しかったりして生活の質が上がるかもしれません。

このことを気功で置き換えてみるとどうなるでしょうか。
上文の「走る」という言葉を「気功」という言葉に変えてみましょう。

すると以下の様になります。
人間が生得的に出来る、「気功」という能力をさらに研ぎ澄ませていくことによって、「気功」という行為のパフォーマンスをさらに高めることができるのです。
しかし、「気功」の能力を研ぎ澄ませなくても生活に支障もなければ生きていくこともできます。
ただ出来たら出来たで、ちょっと便利だったり、楽しかったりして生活の質が上がるかもしれません。

つまり、誰でも無意識に行っている気功をわざわざ学ばなくても、生きていくこともできれば不便を感じることもないでしょう。
しかし、もし「気功」の能力をあえて研ぎ澄ませて磨いていくと、ちょっと便利だったり、毎日の日々の中でも様々な発見があったり、新たな視点を手にいれたりすることも事実です。
実際、私自身は「気功」に意識して取り組むことで様々な発見や成長がありました。

また、「気功」をあえて練習するということは、無意識に行っていた情報やエネルギーの交換や循環を意識的に行うことになります。
この”意識的に”というのが大切で、無意識に行っていることも、意識にあげることで自分の意思でコントロールしたりすることができます。これは先ほどのマラソンの例で言うと、漠然と捉えていたフォームや呼吸の長さを意識してそれをコントロールしていく過程と似ているのではないでしょうか。
試しに、今呼吸に意識を向けてみて下さい。
さっきまでこの記事を読んでいる間に無意識に行っていた呼吸の長さも、一度呼吸を意識した今となっては自由にコントロール出来ることに気が付くと思います。

さて、回りくどい説明になってしまいましたが、ここまでの説明をまとめると以下の通りです。
(以下はあくまでVirtuous Cycleがお勧めする「気功」に対するスタンスです)

・「気功」は日常に溢れ、みんな無意識にやっていること
・意識して「気功」の技術を磨きたければ磨けば良いし、磨かなくても全然困らない
・「気功」の技術を磨いたら磨いたで色々発見があったり、たまに便利だったりする
・「気功」の技術を磨くことは、人生という限られた時間を楽しむための一つの選択肢に過ぎない

ここまで読んで頂いた方の中には、「気功」の定義が繰り返されて、少しくどく感じた方もいらっしゃると思います。長くなってしまって申し訳ありません。

しかし、この出発点はとても大切です。
なぜなら、「気功」の練習を重ねるほど、ついつい枝葉末節に意識をとらわれて本質を見失ってしまうことが少なくないからです。

ここでいう本質とは、上記にもありますが、“気功とは人生という限られた時間を楽しむための一つの選択肢”であり、気功のせいで人生が辛くなってしまっては本末転倒だということなのです。
嫌になったり疲れたら意欲が沸くまで中断しても良い(した方が良い)のです。

「気功」の学習や練習は決して強制されるものではなく、自発的に取り組みたい時に取り組むものだとVirtuous Cycleは考えます。
—————–抜粋終わり—————–

ここまで読んで興味を持たれた方は、つづきはVirtuous Cycleのホームページに掲載していますので是非ご覧ください。

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